鏡の中の53歳へ

会社員としてしがみつくのは、格好悪い事なのか?

正直に言えば、転職を考えた時期もあった。
新しい環境、新しい可能性。だが、現実はそう甘くはない。結局、自分は今もこの会社にいる。世間風に言えば「しがみついている」状態なのかもしれない。

でも、最近はこう思うのだ。「必死にしがみついて、何が悪い」と。

「逃げ」ではなく「居場所を守る」という選択

20代、30代の頃の「しがみつく」は、どこか後ろ向きな響きがあった。 しかし、50歳を過ぎてからのそれは、意味が違ってくる。

自分には守るべき家族がいて、積み上げてきたキャリアがあり、まだ果たしていない責任がある。
荒波の中で、必死に船の縁を掴んで離さない。それは決して「停滞」ではなく、次の一歩を踏み出すための「生存戦略」だ。

査定士の目で、自分を「再査定」してみる

日々の仕事で多くの「モノ」に触れていると、気づくことがある。 一見、古びて傷だらけに見える道具が、実は一番いい仕事をしたり、歴史的な価値を秘めていたりするものだ。
オレは今、査定士として骨董品に触れる機会が多い。

時間を刻んできた無二の価値。
人間も同じではないだろうか。 「もう53歳」と見るか、「まだ53歳」と見るか。
「今の会社しかない」と嘆くか、「この場所でまだやれることがある」と牙を研ぐか。

鏡に映る自分の顔には、確かに苦労の跡が刻まれている。だが、その目はまだ死んでいない。むしろ、若造には出せない「粘り強さ」という艶が出てきたのではないか。

仕事帰りの電車の窓、あるいは洗面所の鏡。そこに映る自分を見て、ふと思うことがある。
「俺、何やってるんだろうな」と。

正直に言えば、転職を考えた時期もあった。新しい環境、新しい可能性。だが、現実はそう甘くはない。結局、自分は今もこの会社にいる。世間風に言えば「しがみついている」状態なのかもしれない。

でも、最近はこう思うのだ。

「必死にしがみついて、何が悪い」と。

「逃げ」ではなく「居場所を守る」という選択

20代、30代の頃の「しがみつく」は、どこか後ろ向きな響きがあった。 しかし、50歳を過ぎてからのそれは、意味が違ってくる。

自分には守るべき家族がいて、積み上げてきたキャリアがあり、まだ果たしていない責任がある。

荒波の中で、必死に船の縁を掴んで離さない。

それは決して「停滞」ではなく、次の一歩を踏み出すための「生存戦略」だ。

査定士の目で、自分を「再査定」してみる

日々の仕事で多くの「モノ」に触れていると、気づくことがある。 一見、古びて傷だらけに見える道具が、実は一番いい仕事をしたり、歴史的な価値を秘めていたりするものだ。

人間も同じではないだろうか。 「もう53歳」と見るか、「まだ53歳」と見るか。 「今の会社しかない」と嘆くか、「この場所でまだやれることがある」と牙を研ぐか。

鏡に映る自分の顔には、確かに苦労の跡が刻まれている。だが、その目はまだ死んでいない。むしろ、若造には出せない「粘り強さ」という艶(つや)が出てきたのではないか。

泥臭く、前を向く

スマートな成功物語ではないかもしれない。
物語はまだ途中でこれから続きがある。
でも、これが今の自分のリアルだ。

必死に会社にしがみついている鏡の中の男は、意外といい顔をしている。

明日もまた、この場所で戦う。
鏡に映る自分が良い顔をしていることだろう。

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