話は少し戻る。もみほぐし時代のことだ。
「もみほぐし、いかがですか?」と店頭で声を張り上げていた、あのスーパー銭湯である。夜8時から朝5時までの勤務。人間の体は正直なもので、昼夜が逆転した生活を続けていると、ちゃんと壊れる。
私の場合、それはアトピーだった。
人に触れる仕事なのに
アトピーとは長い付き合いだ。子どもの頃から、良くなったり悪くなったりを繰り返してきた。だから多少の悪化には慣れている。慣れているつもりだった。
このときの悪化は、次元が違った。
夜勤の昼夜逆転。20年ぶりの日本での、慣れない生活。50を過ぎた体に、ストレスは静かに、しかし確実に積もっていた。気づけば肌は今までにないレベルで荒れ、鏡を見るのが嫌になり、ついには人に会うのもためらうほどになっていた。
ここで思い出してほしいのだが、私の仕事は「もみほぐし」である。
人の体に、直接触れる仕事だ。
皮膚がボロボロの施術者に、体を預けたい客がいるだろうか。私なら嫌だ。自分でも嫌なのだから、客はもっと嫌だろう。
仕事を休む日が増えた。歩合制だから、休めば収入はゼロである。体は削れ、財布も削れる。アメリカで資格まで取った「手に職」が、その手の皮膚のせいで使えなくなっていく。皮肉というのは、こういうときのためにある言葉だと思う。
検索の果てに
ステロイドを塗っても追いつかない。病院に行っても「塗り続けてください」としか言われない。
追い詰められた人間が何をするか。検索である。
「アトピー 治らない」「アトピー 根本 治療」──深夜、施術の合間に、明け方の布団の中で、私はスマホの画面をスクロールし続けた。そして、ある情報にたどり着いた。
「ステロイドこそが原因。脱ステロイドで根本から治る」
体験談がいくつも並んでいた。地獄のような期間を乗り越えて、ツルツルの肌を取り戻した人たちの記録。理屈も、それらしく書いてあった。
今なら分かる。「それらしく書いてある」ことと「正しい」ことは、まったくの別物だ。
だが当時の私は、藁にもすがる思いだった。そして藁というのは、すがった瞬間に沈むから藁なのである。
私はステロイドをやめた。無料のネット情報に、自分の体を全額ベットしたのだ。
ちなみにこの男、この後さらに80万円を画面の中の情報に払うことになるのだが、それはすでに書いた通りである。無料で体を差し出し、有料で金を差し出す。情報との付き合い方が、下手にもほどがある。
三ヶ月
脱ステロイドには「リバウンド」というものがある。ネットの体験談にも書いてあった。「一時的に悪化しますが、乗り越えれば」と。
一時的、という言葉の暴力性を、私はこのとき知った。
肌は膨れた。膨れたところから、汁が出た。痛かった。ただ、ひたすらに痛かった。
夜は眠れない。寝返りを打つたびに、シーツが肌に張り付いて目が覚める。朝、鏡に映るのは、自分と呼びたくない何かだった。
人に会えない、どころではない。自分にも会いたくなかった。
妻は、そんな私を見守ってくれていた。ただ、応援してくれている感じは、なかった。当然だと思う。医者の言うことを聞かず、ネットの情報を信じて、勝手に苦しんでいる夫。見守る以外に、何ができただろう。
意地を張っていたのは、私のほうだった。ここでやめたら、この三ヶ月の痛みが全部無駄になる。乗り越えた先にツルツルの肌があるはずだ。ネットの体験談の人たちは、みんな乗り越えたじゃないか──。
三ヶ月で、限界が来た。
白旗
私は病院に戻った。医者に頭を下げ、ステロイド療法を再開した。
肌は、少しずつ落ち着いていった。あの三ヶ月はなんだったのか。答えは簡単で、なんでもなかった。ただ痛かっただけである。
「学んだ方が早い」と思って学びに行けば、詐欺だった。「自分で調べた方が確かだ」と思って調べれば、体を壊した。
じゃあ何が正解だったんだ、と当時の私に聞かれたら、今の私はこう答えるしかない。
「最初から医者の言うことを聞け」
つまらない答えである。だが、つまらない答えというのは、だいたい正しい。50年生きて、体で覚えた真理がこれだ。授業料は、皮膚で払った。
肌は落ち着いた。しかし、生活は何ひとつ落ち着いていなかった。もみほぐしで削った体、休んだ分だけ減った収入、そして画面の向こうでは、次の「うまい話」が私を待っていた。
体の次は、金の話である。
(第7話へ続く)

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