正直に言う。帰国したくなかった。
妻が日本に帰りたいと言い始めたのは、いつ頃からだろう。気がつけばそれが、家の中の空気になっていた。
彼女は日本人だ。アメリカに来たのは俺についてきたからで、ずっとここで生きていくつもりはなかったのかもしれない。それはわかっていた。でも、わかっていることと、受け入れられることは別だ。
俺にとってアメリカは、やっと馴染んだ場所だった。20年かけて作った場所を、手放す気にはなれなかった。
「娘が中学に上がる前には絶対帰る」
妻の言葉に迷いはなかった。長女が小学6年生になるタイミング。それが期限だった。
子供のことを考えれば、正しい判断だとわかっていた。反論できる立場じゃなかった。それでも、すんなり「じゃあ帰ろう」とはならなかった。
出した答えが「別行動」だった。妻と娘ふたりは日本へ。俺はハワイへ。ロミロミを習得するという名目で、単身移住。
今思えば、それが最初の逃げだったかもしれない。
ハワイには行ったことすらなかった。
シカゴの冬は長い。マイナス20度が続く季節を20年近く過ごせば、常夏の島への憧れは本物になる。空港を出た瞬間の生ぬるい空気。ヤシの木。青い空。「ここで生きていける」と根拠もなく確信した。
最初の1ヶ月は楽しかった。ロミロミのクラスに通い、ビーチを歩き、シカゴでは考えられなかった気候の中で過ごした。これが正解だったと思っていた。
現実は2ヶ月目から始まった。
家賃が高い。食費が高い。交通費も高い。収入のないまま貯金を切り崩す生活は、思ったより早く底が見えてきた。マッサージの仕事を取ろうにも、よそ者がすぐ入り込める隙間はなかった。
3ヶ月目、焦りが出てきた。 4ヶ月目、計算が合わなくなった。 5ヶ月目、撤退を考え始めた。 6ヶ月目、財布が答えを出した。
ハワイは素敵な島だ。今でもそう思っている。ただ、旅行したことも一度もない島に「なんとなく合いそう」で移住するのは、さすがに無謀だった。
次の行き先は、ずっと避けていた日本しかなかった。 そこで待っていたのが、例の詐欺まがいスクールの借金80万円だ。


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