第3話「狭い布団、娘ふたり、それで十分だった。」

アメリカンドリームの後始末

ハワイから日本へ。

行き先を決めるのに、たいした時間はかからなかった。財布が答えを出していたし、選択肢自体がもう一つしかなかった。

荷物はそれほど多くなかった。6ヶ月分の生活用品と、しぼんだ自信くらい。


成田に着いたとき、特に感動はなかった。

正直に言うと、「ついにこの国に引き上げてきたか。」という気持ちが大きかった。
アメリカで20年、ハワイで6ヶ月。積み上げてきたものを、また最初からやり直す。その現実の重さの方が先にきた。


家族が住んでいたのは、アメリカの家とは比べ物にならない、小さなマンションの一室だった。

短い間別居していた家族は、駅まで迎えに来てくれ私を見つけた瞬間、娘たちが飛んできた。

何を話したのか、正直あまり覚えていない。覚えているのは、「パパ!」と呼ばれた声のトーンと、自分の中で何かが崩れた感覚だけだ。


その夜、布団を敷いて寝た。

アメリカでは当たり前だったベッドはない。狭い部屋に、家族4人分の布団を並べただけの寝床。

娘たちが両側に挟まってきた。


正直、これまでの人生で「これが正解だ」と思えたことは少ない。

寿司も握ったし、市民権も取った。マッサージ業界という新しい業種に飛び込み、それなりに頑張ってきたつもりだった。

でも、その夜、狭い布団の中で娘たちに挟まれながら思ったのは、「これだ」ということだった。

ハワイにいた6ヶ月、毎日のように家族の写真を見ながら、頭では「会いたい」と思っていた。だが、それが「エゴより大事なもの」だと、心の底から理解したのは、この夜が初めてだった。

子供たちは、思っていたより寂しかったはずだ。それを今更気づくのも、いかにも俺らしい話だった。


ただ、感動だけで生活はできない。

幸い、帰国前から動いてはいた。家族が住む横浜近辺で、セラピストとしての仕事の内定はすでにもらっていた。アメリカでの経験を活かせる——そう思っていた。


だが、その「経験」が、日本ではほとんど通用しないことを、俺はまだ知らなかった。

アメリカとのギャップは、想像以上に大きかった。

次の現実が、もう待っていた。

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