アメリカンドリームの後始末 シリーズ一覧

アメリカで約20年を過ごし、ニューオーリンズ→シカゴ→ハワイと渡り歩き、50代で帰国した男の、帰国後の記録です。黄金の日々…ではなく、失敗と選択の連続。苦いですが、他人事じゃない方も多いはず。


  1. 帰国して最初にやったのは詐欺スクール|情報商材80万円の失敗

    長いアメリカ生活の末に帰国した先に待っていたのは、新しい人生ではなく、巧妙なセールストークだった。「学べば稼げる」——その言葉に飛びついた代償は、80万円という高い授業料だった。

  2. 家族と別れ、ひとりハワイへ。それが最初の逃げ

    行ったこともないハワイへ、家族と離れて一人で飛び込んだ。それが前向きな決断だったのか、それとも逃げだったのか。結局家族は6ヶ月で日本に戻り、自分だけが残った。

  3. 狭い布団、娘ふたり、それで十分だった。

    資金切れでハワイから帰国。家族との再会は、成功談ではなく降参だった。それでも娘たちと川の字になって寝た夜は、不思議と温かかった。

  4. もみほぐし、いかがですか

    無資格で「マッサージ」とも言えず客引きする日々。歩合制、夜勤。アメリカで稼いだ男が、日本では体を削って稼ぐしかなかった。アトピーも悪化し始めた。

  5. 学んだ方が早い、と思ったのが間違いだった

    もみほぐしの稼ぎが下がり、もう一度学んでやり直そうとした。そこで出会ったのが情報商材の詐欺スクール。自分でも怪しいと気づいていても、人は罠にかかる。

  6. ステロイドをやめた3ヶ月、地獄だった

    アトピーが限界に達し、ネットの「脱ステロイド」情報を信じてステロイドを断った。待っていたのは回復ではなく、もう一つ上の地獄だった。

  7. 月収100万、また信じた|軽トラで街を走った1ヶ月

    体も心もボロボロなのに、またしても「今度こそ」と信じてしまう。軽トラで街を走り回った1ヶ月は、本気だったのか、現実逃避だったのか。

  8. 43歳、初めての会社員|産廃現場で体を壊した1年半

    22歳で渡航して以来、初めての会社員生活は43歳で訪れた。採用されたのは産廃物処理の現場。初日にトラック荷台から落ちて鎖骨を折り、それでも就業は続いた。

  9. 44歳、ピッキングの日々|内定ゼロで辞めた男の2ヶ月

    産廃現場を辞めた後、就活しても内定はゼロ。20年の海外経験と英語力が、単純作業の現場では何の役にも立たない。その惨めさを詰め込んだ二ヶ月。


現在は査定・買取業を8年目。安定は手に入ったが、夢とは違う場所に着いた——そんな少し切ない結末を、これからも書いていきます。

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