会社を辞める日、次の仕事は決まっていなかった。
普通に考えれば、次を決めてから辞めるものだろう。それくらいは俺にもわかっている。わかった上で、辞めた。
体は限界に近かった。もう少し無理はできたかもしれない。でも、あの現場でもう一度夏を越す想像だけはどうしてもできなかった。だから8月になる前に、逃げるように辞めた。
妻は反対した。当然だ。次が決まっていないのに辞めるなんて、と。それでも押し切った。学ばない男だと、自分でも思う。
辞めた翌日から、毎日就職活動をした。
44歳。若くはない。かといって、これといった資格があるわけでもない。履歴書には「アメリカ在住20年」と書く欄があるが、そこに何か価値があると思っていたのは、たぶん自分だけだった。
応募しては落ち、応募しては落ち。そんな日が続いた。
食っていくために、派遣で工場のピッキング・仕分けの仕事を入れた。棚から品物を取って、伝票通りに箱に詰める。それだけの仕事だ。難しいことは何もない。
何もないのが、きつかった。
黙々と棚を回り、バーコードを読み、箱に詰める。その繰り返しの中で、ふと気づく瞬間がある。
20年、海外で暮らした。英語で解剖学を学んで資格を取ったこともある。寿司を握ったことも、古着を仕入れたこともある。それなりに、いろんな人生を歩んできたつもりだった。
でも、今やっているこの棚出しの前では、そんなものは何の意味もない。求められているのは、正確さと速さだけだ。20年分の経験も、英語力も、ここでは誰も聞いてこない。ただの手数として数えられているだけだった。
惨めだ、と思った。声に出さなかったが、はっきりとそう思った。
そんな日々が、2ヶ月ほど続いた。
ある晩、いつも通り求人サイトを眺めていて、リサイクルショップの査定・買取スタッフの募集を見つけた。特別な資格もいらない。応募して、面接をして、採用が決まった。
正直、大きな期待はなかった。ただ、次の現場が決まったという安堵の方が大きかった。
これが、今も続けている古物商の仕事の始まりだった。
あのピッキングの2ヶ月が何だったのか、今でもうまく言葉にできない。ただ、あの惨めさだけは、今もはっきり覚えている。
→ 第10話へ続く



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