マッチ一本とニューオーリンズ――22歳の無謀と直感

アメリカンドリームの後始末

骨董の査定をしていると、たまに「なぜこれを買ったんですか」と聞きたくなるものが出てくる。 本人に聞くと「なんとなく気に入って」とか「直感で」とか言う。

論理じゃない。でも、それが意外と正しかったりする。

そういう話を聞くたびに、22歳の自分を思い出す。 あの頃の自分も、まったく同じ理由で人生を変えた。


アトランタ経由、ニューオーリンズへ

22歳のとき、友人がアメリカのアトランタに留学していた。 せっかくだから会いに行こう、という話になって、音楽好きの友人と2人で2週間の旅行に出た。

最初からニューオーリンズに行くつもりだった。 音楽好きなら一度は行ってみたい街、くらいの気持ちだった。

アトランタで数日過ごしてから、2人でニューオーリンズへ向かった。 着いた瞬間から、空気が違った。

音楽が街中に溢れていた。昼間から演奏している。路上で。バーで。どこからか聞こえてくる。 建物の色が濃い。湿気が重い。料理が濃い。何もかもが、日本で知っていた「アメリカ」じゃなかった。

数日の観光のつもりが、もうそこで頭がおかしくなっていた。

ある夜のことだ。

路上でギターを弾いている黒人のおやじがいた。ブルースだった。足が止まった。

自分もギターを弾く。旅行にギターは持ってこなかったが、ブルースハーモニカだけはポケットに入れていた。友人との旅だったが、2人ともバンドをやっていたから、音楽への嗅覚だけは持ち合わせていた。

おやじの演奏を聴きながら、ハーモニカを取り出した。

いきなり割り込むのも悪いと思いつつ、気づいたら吹いていた。即興のセッションだ。言葉は一言も交わしていない。でも、なんとなくジャムが成り立った。

音楽に言葉はいらない、とその夜初めて本当に思った。

立ち止まる観光客はほぼいなかった。そりゃそうだ、英語も話せない日本人が路上で突然ハーモニカを吹き始めたって、誰も得しない。

ただ、1人だけ足を止めた観光客がいた。そしておやじが用意していたボックスに、1ドルを入れて去っていった。

2人で顔を見合わせた。

あの高揚感は、今でも忘れられない。1ドルで何かが変わったわけじゃない。でもあの瞬間に、自分の中で何かが決まった気がした。この街に住む、と。


マッチ一本が火をつけた

ニューオーリンズで、日本食レストランに入った。 アメリカ料理に飽き始めた頃で、友人と2人で「久しぶりに日本のもの食べたい」と入ったのだが、値段が高かった。

でも、うまかった。アメリカの寿司も含めて、なんだかんだ感動してしまって、滞在中に何度か通った。

レストランを出るとき、マッチをもらった。 店の名前と電話番号が入った、ありふれたマッチだ。

それをポケットに入れて、アトランタに戻った。

アトランタでは、友人の家に居候しながら不法滞在で働いていた。 英語はほぼ話せない。仕事も安定しない。なんとなく煮詰まっていた。

ある日、そのマッチが目に入った。

「ニューオーリンズに住んでやろう」

今思えば根拠ゼロだ。話したこともないオーナーに、英語もろくに話せない状態で電話をかけた。 日本人のオーナーだったから、日本語で「働かせてください」と言えたのが唯一の武器だった。

たまたまそのレストランが、調理人を探していた。 多少の調理経験があった自分に、オーナーはチャンスをくれた。

マッチ一本で、ニューオーリンズに住むことになった。


英語ゼロで厨房に立つということ

調理の仕事自体は、なんとかなった。 手を動かすことは、言葉がなくてもできる。

問題は、英語だった。

ウェイトレスはアメリカ人が9割だった。 オーダーが英語で飛んでくる。お客さんの細かいリクエストが英語で来る。

聞き取れない。 何を言われているのかわからない。 なんとなく頷いてやってみると、全然違うものを作っていたりする。

トラブルが続いた。迷惑をかけた。 オーナーにこっぴどく怒られた。

「好き」だけでは生きていけない壁というのを、この頃に初めて知った。 好きで飛び込んだ街で、好きでは済まされない現実に毎日ぶつかっていた。

それでも、帰らなかった。

なぜかと聞かれると、うまく答えられない。 ただ、あのマッチを手に電話をかけた瞬間の感覚は、今でも覚えている。 論理じゃなかった。でも、間違ってもいなかった。

骨董の査定で「直感で買った」という客の話を聞くたびに、そう思う。 直感が全部正しいわけじゃない。でも、直感を無視した人生は、たぶんもっとつまらない。

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