帰国して数日。
娘二人に挟まれて、せんべい布団の真ん中で眠ったあの夜の温もりは、まだ背中に残っていた。二十年ぶりに過ごす日本の夏は、むせ返るような湿気で、寝苦しいことこの上なかったが、それでも家族のいる部屋には、扇風機の風よりずっと優しいものが流れていた。あれだけ遠回りして、迷子になって、すっからかんになって帰ってきた男を、それでも家族は布団に入れてくれた。
正直、悪くない再スタートだと思っていた。
なにせ俺には「仕事」があったのだ。帰国前に、横浜近辺の店からセラピストとしての内定をもらっていた。アメリカで取った、れっきとしたマッサージセラピストの資格がある。腕には自信があった。言葉だって、二十年向こうで揉まれてきた。
「これで、ようやく地に足のついた暮らしができる」
そう信じて、俺は希望を胸に、初出勤の朝を迎えた。
——この希望が、出勤初日の昼前にはきれいさっぱり消え失せることになるとは、夢にも思わずに。
「もみほぐし、いかがですか」
職場は、温浴施設——いわゆるスーパー銭湯の中にある店舗だった。メニュー表には「ボディケア」と書かれている。まあ、悪くない響きだ。ボディケア。なんとなく専門的で、それっぽい。
問題は、初日に教わった「仕事」が、施術そのものではなかったことだ。
俺がまず叩き込まれたのは、店頭に立って、温浴施設に入ってくる客に声を掛け、店に引っ張り込む——つまり集客だった。風呂上がりでほてった顔の客が通りかかる。そこに、こう声を掛けろと言うのだ。
「もみほぐし、いかがですか?」
……もみほぐし。
俺は、自分の耳を疑った。
「あの、マッサージ、じゃダメなんですか」
「ダメです。『マッサージ』は国家資格を持った人しか名乗れないので。うちは無資格なんで、お客様には『もみほぐし』って言ってください」
もみほぐし。もみ、ほぐし。
口の中で何度か転がしてみたが、何度やってもダサい。死ぬほど勉強して、英語で解剖学を叩き込んで、太平洋の向こうで「セラピスト」を名乗っていた男が、湯上がりのおっさんに向かって「もみほぐし、いかがですか」と声を張る。コントだ。完全にコントである。
そして実際に声を出してみると、これがまた、いたたまれない。
「もみほぐし、いかがですかー」
通り過ぎる客は、たいてい目も合わせない。ちらっとこっちを見て、すっと逸らす。タオルを肩にかけたおっさんに、半笑いで「いや、いいわ」と手を振られる。その「いいわ」の軽さに、二十年が削られていく。アメリカで積み上げてきたものが、「もみほぐし、いかがですか」の一声ごとに、ぽろぽろと床に落ちていくのがわかった。
声を張れば張るほど、惨めだった。けれど、声を張らなければ、客は来ない。客が来なければ、金にならない。俺は、惨めさと飢えの間で、ひたすら「もみほぐし」を繰り返すしかなかった。
タオル越しの、別の仕事
声掛けで客を引き込めても、衝撃はそこで終わらなかった。
いざ施術となって、俺はもう一度、打ちのめされることになる。
温浴施設の客は、館内着を着ている。あの、ペラペラの作務衣みたいなやつだ。施術は、その館内着の上から、さらにタオルを一枚かけて行う。つまり、布越しの、そのまた布越し。指先が客の体に直接触れることは、ない。
アメリカでは、まったく違った。
向こうのマッサージは、客に裸になってもらい、オイルを使って、肌に直接アプローチする。指が、筋肉の繊維を一本ずつ捉える。皮膚の温度を感じ、こわばりの奥まで届かせる。それが俺の知っている「施術」だった。死ぬほど勉強して身につけたのは、そういう技術だった。
それが、ここでは館内着とタオルの二枚に阻まれて、何も伝わってこない。何も伝えられない。手のひらに返ってくるのは、布の感触だけ。まるで、ビニール手袋を二重にして料理をしているような、あのもどかしさ。
同じ「揉む」でも、向こうとこことでは、まるで別の仕事だった。
俺がアメリカで死ぬ思いをして手に入れたあのライセンスは、太平洋を越えた瞬間に、ただのラミネート加工された思い出に格下げされていた。資格も、技術も、声の張り方すら——何ひとつ、そのままでは通用しない国に、俺は帰ってきたのだった。
死ぬほど勉強した、あの日のこと
ここで少し、昔話をさせてほしい。
アメリカで、俺がそのマッサージセラピストの資格を取ったときの話だ。
言っておくが、俺は大学にも行っていない男だ。学問とは縁遠い人生を送ってきた。それが四十手前で、現地の短大の門を叩いた。マッサージセラピーのプログラムに、英語で、ネイティブの若い連中に混じって。
これがもう、地獄だった。
解剖学。生理学。筋肉の名前、骨の名前、神経の走り方。それを全部、英語で覚える。Trapezius(僧帽筋)だの、Gastrocnemius(腓腹筋)だの、舌を噛みそうな単語が、教科書に何百と並んでいる。日本語ですら知らない言葉を、英語で頭に叩き込むのだ。
俺は毎晩、台所のテーブルで単語カードをめくり続けた。家族が寝静まったあと、コーヒーを何杯も流し込んで、まぶたが落ちるのを指でこじ開けながら。若い連中がスマホで遊んでいる横で、俺だけが亀のように、一語ずつ進んでいく。何度も「無理だ」と思った。何度も投げ出しかけた。
それでも、合格通知を手にしたあの日のことは、今でも忘れない。
大学にも行かなかった俺が、英語で、専門課程を、やり遂げた。あれは間違いなく、俺の人生で一番誇らしい挑戦のひとつだった。「これで食っていける」「手に職がついた」——本気でそう思った。あの資格は、俺の自信そのものだった。
その自信が、横浜のスーパー銭湯の店頭で、「もみほぐし、いかがですか」の一声に、音もなく溶けていく。
人生というのは、たまにこういう、出来の悪いコントみたいなオチを用意してくる。
八時間いて、五千円
それでも、やるしかなかった。
プライドがどうの、資格がどうのと言っている場合ではない。俺には養うべき家族がいて、空っぽの財布があった。「もみほぐし」だろうが何だろうが、揉んで金になるなら、揉む。腕には自信があったのだから、あとは客がつくのを待つだけだ——と、そのときの俺はまだ、ぬるいことを考えていた。
ところが、この店のシステムが、なかなかに過酷だった。基本は歩合。つまり、お客様の施術が入って、初めて金になる。施術がなければ、ただ待つだけ。待っている時間は、一円にもならない。だからこその、あの店頭での「もみほぐし、いかがですか」だったわけだ。声を張らなければ、飯が食えない。
風呂上がりの客が、ふらりと立ち寄ってくれるのを、ひたすら待つ。暇な日は、本当に暇だった。八時間、店の椅子に座って、通り過ぎる浴衣姿の客をぼんやり眺めて、結局その日の稼ぎが五千円、なんてことがザラにあった。
時給じゃない。日給で、五千円。
アメリカでさんざん苦労して、太平洋を渡って、家族と再会して、希望に満ちて始めた仕事の現実が、これだった。二十年の経験も、死ぬほど勉強した資格も、スーパー銭湯のリノリウムの床の上では、何の役にも立たなかった。
夜の二十時から、朝の五時まで
少しでも稼ぎを増やそうと、俺は夜勤のシフトに入るようになった。
夜勤は、わずかだが手当がつく。昼間にぼんやり待っているよりは、いくらかマシだ。背に腹はかえられない。俺は迷わず、夜の世界に身を沈めた。
二十時にスタートして、朝の五時まで。
人間が眠るべき時間に、俺は他人の体をほぐしていた。深夜のスーパー銭湯に来る客は、それぞれに事情を抱えている。終電を逃した者、家に帰りたくない者、ただ疲れ切った者。そういう人々の背中を、俺は明け方まで揉み続けた。
店を出る頃には、もう空が白んでいる。始発の電車に揺られて家に帰り、カーテンを閉め切った部屋で、世間が活動を始める時間に眠りにつく。昼と夜が、ひっくり返った生活。
体は、正直だった。
生活リズムが完全に狂い、ストレスが積もっていくにつれて、俺の皮膚が悲鳴をあげ始めた。アトピー性皮膚炎だ。もともと持病として抱えてはいたが、それがみるみる悪化していった。掻きむしった肌は、ジュクジュクと膿んで、夜になると痒みで眠れない。眠れないから、また体が弱る。弱るから、また肌が荒れる。終わりのない、負のループ。
そして、肉体が壊れていくのと並走するように、心も静かに崩れていった。
明け方の電車の窓に映る、げっそりとした自分の顔。剥がれかけた肌。何のために太平洋を渡ったのか。何のために、あんなに勉強したのか。布団の中で娘たちに挟まれたあの夜の温もりは、もうずいぶん遠い記憶になっていた。
俺は、完全に壊れていた。体も、心も。
このまま夜の銭湯で、揉んで揉んで、揉み潰されて終わるのか——そんな考えが、明け方の頭をぐるぐると回っていた。
それでも、手元には「相棒」がいた
ひとつだけ、この時期の俺を、細々と支えてくれていたものがある。
副業でやっていた、せどり——古物の物販だ。
実はこれ、アメリカ時代からの付き合いだった。マッサージセラピストとして働いていたあの頃も、生活が苦しいときには、安く仕入れたモノを右から左へ流して、なんとか家計の穴を埋めていた。買って、売って、差額をいただく。シンプルで、正直な商売だった。日本に帰ってきてからも、夜勤の合間を縫って、細々と続けていた。
崩れていく体と、病んでいく心の中で、せどりだけは、まだ俺の手の中にあった。あれは、相棒のようなものだった。揉む仕事がどれだけ俺を裏切っても、モノを売って金に換える感覚だけは、いつも俺を裏切らなかった。
だから——だったのかもしれない。
ある夜、明け方の電車の中で、半分死んだような目でスマホを眺めていたとき、一つの広告が、俺の目に飛び込んできた。
「物販で、人生を変えませんか」
壊れかけた俺の指は、吸い寄せられるように、その広告をタップしていた。
——これが、次なる地獄への、ご招待状だったとも知らずに。
(第5話へ続く)

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